シン・ゴジラはリアリティーを追求したオタクなら映画館で観るべき傑作怪獣映画である


ゴジラから紫の光が…!映画『シン・ゴジラ』新予告

 

シン・ゴジラ観てきたよ。うん、非常に面白かった。けど、一般受けしないオタク向け映画だよね。だから絶賛する人は絶賛するし、面白くない人には面白くない。それはオタクと一般人の感性が違うのだから仕方のないことだと思うよ。その意味でこの映画はオタクかそうでないかを見分けるためのリトマス紙のような役割を果たしている。ちなみに僕はオタク側。だからシン・ゴジラは面白いと思う。

オタクなら黙っていますぐ観るべきだし、一般人は観ても面白くないから観なくてもいいと思う。

 

シン・ゴジラはリアリティーを追求したフィクションである

もし日本に巨大怪獣がやってきたら、政治や軍隊はどう動くのか?その問いに真正面から答えようとした映画。シン・ゴジラを一言で表現するならこれ以外に見当たらないしこれだけで十分といえる。

冒頭地震の正体が活火山によるものか巨大生物によるものなのかで揉めるシーンがあるが、主人公以外は活火山自然現象によるものだと断定する。当然である。巨大怪獣など現実世界にいるはずがないからだ。だが、現実に巨大怪獣の尻尾の映像で見せられた時点で、みんなの認識は変わる。一つのフィクションが現実に侵食する瞬間である。

シン・ゴジラのすごいところは、巨大怪獣ゴジラが出現するという一つのフィクション以外は我々が住む現実世界であるという点だ。これがオキシジェンデストロイヤーやスーパーXも殺獣メーサー車やモスラキングギドラメカゴジラなどの現実世界にはないフィクションをゴジラに入れてしまうと途端にリアリティーがなくなり我々はフィクションをフィクションとして認識してしまう。

それでは映画に臨場感が持てなくなり、所詮フィクションだよなと高をくくってしまう。有体にいえばドキドキしないのだ。僕はシン・ゴジラを観ている間ずっとドキドキしっぱなしだった。『おいおい俺たちの現実世界は一体これからどうなってしまうんだ。このままでは東京が滅びてしまうではないか』と本気で心配していた。僕たちが住む現実世界にゴジラがやってきたのだと錯覚していたのだ。

ただしリアルティは追求すればいいというものではない。本当のリアルを描いてしまえば、我々が住む現実世界を描くことになる。それはノンフィクションを読むということと同じだ。我々はあくまで絵空事であるフィクションを楽しむために物語を消費するのだ。そのためにどの程度フィクション濃度を上げていくのかが問われる。SFが何でもありの世界ではなく科学的根拠という縛りを設けている理由がそこにある。何でもありではS(サイエンス)の抜けたただのフィクション――否魔法のあるファンタジーになってしまう。いかにもありそうなことを楽しむためにリアリティーが必要なのだ。

 

パワーインフレに歯止めをかけるためには

僕がシン・ゴジラを観ていて特に面白いと思ったのは作中で初めてゴジラ自衛隊が戦うシーンだった。歴代ゴジラを観ていない人でもゴジラを倒すために現代兵器が通用しないことはすでに周知の事実かと思われる。これまでの作品で幾度となくゴジラに現代兵器は敗北を喫してきた(マグロ食っている奴は例外)。もうすでに予定調和の戦いに緊張感を持たせるためには、自衛隊が持つ兵器が子供が扱うおもちゃのように蹴れば壊れる脆いものではなく人を殺すだけの力を持った兵器であることを観客に再度認識させる必要がある。そのために自衛隊は何度もしつこいほど武器の使用許可を求めて間を取ることによって、これからヤバいもので攻撃するのだと観客に意識させる。さらにヘリコプターのガトリングからアパッチ、戦闘機のミサイル、戦車の大砲、空爆といった具合に徐々に武器の破壊力が増すにも関わらずまったく攻撃が効かないことによって、ゴジラの強大さが際立つ仕掛けになっている。

歴代ゴジラ映画によって怪獣を倒せるのは怪獣であり、倒された怪獣よりもさらに強い怪獣をゴジラにあてるというやり方は、ドラゴンボールなどのジャンプにありがちなパワーインフレを思い出させる。一度起こったパワーインフレをリセットするためには、シン・ゴジラで言えば現代兵器のヤバさを際立たせるように、これまでの敵に比べてグレードダウンした対戦相手がよくよく考えてみればかなり強いよねってことを改めて表現する必要があるのだ。

 

オタクなら絶対観に行かないといけない

最後にオタクならば絶対に観にいかないといけない、ということを僕は伝えたい。なぜならこの映画は一般受けしないがゆえに、興行成績がおもわしくないことが大いに予想されるからだ。興行成績がよくないと、シン・ゴジラの続編は作られないだろうし、もっと言えばオタク向けのコンテンツを作るという動機が市場原理によって淘汰されてしまうからだ。

僕たちオタクはこういう大衆にこびないエッジの効いた物語を欲しているはずだ。エヴァンゲリオンしかり魔法少女まどかマギカしかり。

家族で楽しめるドラえもんもやクレヨンしんちゃんポケモンなどを否定するつもりはないが、幾百の物語を消費してきたオタクはそのような万人向けの広く浅く受けるようなコンテンツでは満足できない体になってしまっている。もっと面白いものを。もっと刺さる展開を。無限の欲望を満たすために僕たちオタクは様々な物語を消費する。そんな中でシン・ゴジラのようなオタクの欲望を満たしてくれるキワモノコンテンツにようやく出会えることができる。

一般人がお金を出さない以上、オタクが買い支えないと、クリエーターとしては広く浅く受けるコンテンツしか作ることが出来ない。映画のように家族連れだとリクープが容易になるコンテンツだとその傾向はいっそう高まるだろう。

思えば現代はコンテンツ芳醇の時代といえる。多種類のコンテンツをいくらでも選ぶことができる。だがそれゆえに一つ一つのコンテンツから得られる利益が少なくなっているのも事実だ。だから自分が楽しみたいと思うコンテンツには、クリエーターを応援するつもりでお金を払って楽しむってのが、オタクのあるべき姿だと思う。

 

よりコンテンツを楽しみたいと思う数寄者なのだから

 

シン・ゴジラ音楽集

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