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ロングテールの彼方へ、僕たちは消えていく

ネットの特徴の一つとして、誰もが情報を発信することができたというのが挙げられる。かつて、テレビや新聞のみが持っていたメディアという特権を誰もが持てるようになった。僕がこうやってブログを書くことができるのもネットのおかげである。

しかし、誰もが発信をできることによって、発信することの価値が相対的に低くなった。ネットの勃興期においては、あるいは新たなプラットフォーム、動画でいえばようつべやニコニコ動画、ブログでいえばはてななどが、現れた時に限れば競争相手がいなかったおかげで、少し他人より優ればものがあれば、それだけで目立つことができた。ユーチューバーや実況者は、先行者利益によって多大な金銭を得ている。しかし、金銭を得ている成功しているというロールモデルができた途端、それは憧れ職となり、ワナビーたちがこぞって集まり、そこには過当競争が生まれる。

今やプロブロガーも憧れ職となりつつある。自由でっせ、儲かりまっせ、というプロパガンダに魅せられ、現実に不満を持つ人間はこぞってブログを書き始める。その先に自由も金もない方が可能性が高いとしてもだ。

だが、それは他のクリエーターもそうだろう。特にオタクコンテンツ、アニメ、漫画、ゲーム、それらは大衆に配れることによって、楽しいという感情を大衆に植え付けることによって、その職に就きたいと思わせる。こんな素晴らしいものを私も作ってみたいと思わせる。

かつての僕がそうだった。しかしその先にあるのは壮絶な競争だ。ほとんどの人間が廃車になる世界だ。クリエーター産業はロングテールだからだ。

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ロングテール - Wikipedia

パレートの法則によって、上位2割の人間が、8割の利益を得る世界だ。

 

テキストを書くという参入障壁の低い。必然、大多数の人間がコモディティ化する。みんながみんな同じようなものを書いているから、読者側としては誰だっていいわけだ。PV報告、収益報告、互助会、etc……。彼らはテキストを書きたいわけじゃなく、プロブロガーという憧れ職に就きたいように僕には感じられる。他と同じことをやっても、目立つことができないだろうが、しかし自分たちに他の人間よりも優れたものがない以上、好む好まざるに関係なく金や権威にすがらざるえない。

 

僕はどうだろうか。僕も特にこれといって、他人と比較して優れたところがあるわけではない。だから、テキストを適当に書いているだけで、目立てるわけがなく、ネットという大海に沈んでいるのみだ。

それでも書く事自体が楽しければいいじゃないか、と思うかもしれない。けど、それは間違いだ。人は誰かの承認なくして、幸福になる事はできない。なぜテキストを放つのかと言われれば、ネットという大海に航海に、承認という財宝を見つけ出すためだ。

誰かが僕を見つけてくれるだろうか?見つけたとしても、それは僕じゃなくてもいいのだろう。誰だっていい。誰もが自分にしか興味がなく、自分の船を沈まないようにするのが精一杯だろう。

今、ネットを見渡すと、どれもこれも派手な演出が多い。ユーチューバーなどがそのいい例だろう。あれは、ネットという大海に船が沈まないように必死になっているように見れる。ああいった派手なパフォーマンスさえいておけば、誰もが注目してくれるだろう。

対して根暗なオタクはどうだろう。自分自身を大衆に媚びた風にカスタマイズできない奴、そう自分の写真を綺麗に撮ることが苦手な奴はどうなのだろう。僕のような深海に沈んでいる人間はどうなるのだろう。

どうもならない。沈んだまま、誰も見つけてはくれないだけだ。誰もつまらない人間などを見たいとは思わない。

これから先、目立つことに器用なやつじゃないやつは生きにくい時代になるだろう。注目を集めることができた人間だけが、とてつもない利益を得る時代になるだろう。

根暗で馬鹿で不器用なやつは、消えたも当然になるしかない。

それでもなお、僕たちは乗り出さずにはいられない。消えたくないからだ。

そうだ、消えたくなんかないんだ。

だからせめて、僕はここにいるんだと、手紙をしたため、瓶詰めにして、ネットという大海に流す。

ロングテールの彼方へ、消え去ると知っていても。

誰かが僕がここにいたことを見つけ出してくれることを願って。