思い出がない。記憶がない

何か思い出でも語ろうかな、と考えたけど、これといって思いつかない。学生時代に、楽しかった記憶はほとんどない。アニメや漫画やネットや本にのめり込む以外には何もやっていない。友達もいないぼっちなのだから、しょうがないといえばしょうがない。アニメや漫画がダメだとは言わないが、やはり人間は社会的な動物なので、誰とも関わらず生きているとだいぶ辛い。僕の場合、ほとんど誰とも過ごさないまま、ずっと10代を過ごしてしまったために、もはや感覚が麻痺してしまっている。けど鬱を発症したようなので、だいぶおかしくなってしまっていたのだと思う。

何の悲しみもなく、その代わり何の喜びもない植物のような人生を歩みたいと、吉良吉影は言っていたけれど、それを実践してきた僕は今結構辛い状態にある。

これから先も思い出がないまま、生きるというのも悲しいものだと、我ながら思う。だからと言って、もう誰かと友情を共有する、っていう年齢でもない。やはり社会人になって、会社の人間と付き合うというのが適切なのだろうか。しかしそれはビジネスライクな付き合いだろう。友情とはかけ離れている。ならばオタク友達を作るべきなのだろうか。そのためにブログを書くというのもいいかもしれない。

あるいは、旅行ブログなんぞもいいかもしれない。こういう場所に行って、こういうことあったよ、とっても楽しかったよ、とでも報告すればみんなが注目してくれる。

嘘でもいいから、みんなが受け入れてくれそうな人格を装って、楽しくなくても楽しい楽しい言っておけば、それが真実となって楽しくなるのかもしれない。言語化していくうちに、自分の伝えたいことがわかってくるのかもしれない。

それに部屋に引きこもっていても、刺激がない。どんどん頭が退化していく。遊具のないゲージに入れらてた実験ネズミのようなものだ。しかし、一度刺激のない世界に慣れてしまったら最後、そこから出ることが怖くなってしまう。鎖で繋がれた像は、鎖を外されても、今までいたところから離れようとはしない。今の僕がそのような状態だ。

ならばブログで僕の考えを発信するべきなのだろう。外に出て、今日あったことを報告するだけでも、自分の感じていることを認識できるし、身分を明かすことで、周りとも打ち解けるのかもしれない。

そうして思い出を作っていけば、僕にも記憶を手に入れることができるのだろう。