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はてなスターの魔力

僕のような弱小ブログにも記事を書けば、数個ほどのスターがつく。そうではなくとも、ブックマーカーとしても、気の利いたコメントをつければスターがつく。先日なんぞは、ミリオンブロガーたる某スター野郎にスターをもらって、星は星でも、警察が用語として使う星なんじゃねーかと、勘ぐってしまうのような事態に陥った。なんで俺なんか見てんだよ、暇人なのか?こえーよ。

ま、そんな大した意味を持っていないだろうし、単に記事読んだよ、っていう記しなんだと思う。はてなスターの機能として、付けたスターそして付けらたスターの記事やらブクマやらを記録していくというものがあることだし。っていうのはさっき調べて初めて知った。ブクマとしても使えるのか、スターって。ちょい感動。ただ基本的な使い方としては

日々ブログを読んでいていいなと思っても、コメントを書いたりトラックバックを送るのは敷居が高く、気持ちが十分に書き手に伝わらずに終わってしまうことも多いでしょう。はてなスターは既存のブログにワンクリックでがつけられます。あなたのいいなと思った気持ちをに変えて、世界のブログにをつけよう!

はてなスターはじめてガイド - お問い合わせ - はてな

っていうことでいいんだと思う。

こういう使い方なので、もらった側としては、なんだかんだ言って嬉しい。ブクマでなくとも嬉しい。通知に金色の数字が浮かぶのは嬉しい。お、来た!といった具合に、日々の小さな幸せになりつつある。なるほどこれが承認欲求か、と忘れていた本能を取り戻しているのが、今の僕だ。誰とも会わないと、こんな何の金にもならないスターですら嬉しくなってしまう。はてなーたちがこぞってスターを集めているのも頷ける話だ。

何でこんなスターが嬉しいんだろう、何で人には承認欲求があるんだろう、っていうと人は集団で生きる生き物だった以上、集団の中生きるということ、そして集団の中で目立つということが、快楽になるように設定されていることに起因するのだろう。集団の中で生きれば死ににくくなり、集団の中で目立てば繁殖しやすくなる。必然そのように設定された遺伝子が残りやすくなる。

そして、ネットの台頭した現代においては、かつて物理空間における集団が、情報空間に移っている。かつて、近所の人に贈り物をするという行為が、今でははてなスターを付けることに相当するのだろう。

そうやって考えると、互助会もただの近所付き合いなんじゃねって、発想に至る。互いにブクマを欲しがっているから、贈り物をして信頼感を深める。なんらおかしな話ではない。 PVを上げるためっていう側面も大いにあるのだろうけど、挨拶回りなんだと考えると、それほど責められる行為だとも思えない(ホットエントリにクオリティを求める人からしたら害悪だろうから、その辺りは責めてもいいとも考えられるが)。

僕なんぞは、物理空間においても情報空間においても集団に入れていない、ぼっちくんなので、ブクマ上げあうなんて夢のまた夢なのだけれど、そんなぼっちくんだからこそ、数個ほどのスターでも結構喜ぶことができる。

 

何が言いたいんだっていうと、数個のスターでもくれるとかなり喜べる状態にある人間がここにいて、いずれ人気ブロガーになってしまう(なれるのだろうか?)と数個のスターでは満足できないようになってしまう人間がここにいて、だから今ここでこのブログに承認欲求の満たされていない僕に希少な希少なスターを付けると、需要ありまくりなところに供給してくれるので、かなり効率的にこの世界に、というか僕に幸福がもたらされるということなのだ。

 

非常にお買い得だ。

 

つーわけで星くれ。

励みになるから星くれ。

いい記事書く気になるから星くれ。

幸福になるから星くれ。

ちなみにクラナドで一番好きなキャラは風子ちゃんだ。

星くれ。