この世界にいないフリが得意

過去の記憶があまりない。

 

あってもロクなものじゃないやつばかりだ。こないだなんて、俺のことをいじめてきたクラスの連中にダイレクトアタックかまして、墓地に送る夢を見た。どれだけ俺は恨みを持っているんだ。たまに見る悪夢はそんなやつばかりだ。どうせ見るなら美少女が出てくるものにしてくれ。

昔から人間関係をやっていても、楽しいことはなくて、辛くて面倒なことばかりだった。だから、小学校からずっとゲームと漫画とアニメと小説にばかり傾倒していた。それらをやっている時だけが、僕の心を癒してくれた。

教室にいる時、僕はこの世界にいないフリばかりをしていた。誰かに話しかけられても、適当に返して、会話をするつもりはない、と態度で示していた。ラノベばかりを読んで、誰とも会話をしていなかった。

頭がよくて勉強ができて、お前たち馬鹿どもと話す口はない、とならまだ格好がついたかもしれない。あいつは性格最悪だけど、頭が切れる、と言うなら、なんか物語の主人公っぽい。しかし頭の悪くて、オタク趣味を持っていて、その趣味を誰とも共有するつもりがない、コミュニケーションをとるつもりもない、やつなんて、ただダサいやつで、俺だってそんなやつとは関わり合いたくない。

 

自己嫌悪。

 

そんな自分がいやだから、自分なんて初めからいない設定にするのが、僕の処世術だったのだろう。人に認識されると、いることになってしまう。僕の無能さが露呈してしまう。だから友達は作らなかった。初めからパラメーターを無にしておくのが良かった。

 

マイナスになるくらいだったら、ゼロにしてしまった方がいい。

 

僕が小学校の頃、ゲームをやりまくっていたのは、リアルの自分を消すためだった。リアルにいても、ロクなことがなかった。人にはいじめられるし、勉強もスポーツもできなくて、劣等感ばかりが募るばかりだ。しかし、ゲームの中では、僕はプラスの人間になることができた。そうなった時、僕にはリアルの価値はなくなっていた。価値がないといより、そこにいればいるほど、ヒットポイントが削られていく、毒状態なのがリアルで、なんか他の人間は普通に動けてるみたいなんだけど、俺だけ歩くたびにピコンピコン言ってて、すぐに目の前が暗くなるのが、俺にとってのリアルで、じゃあそんなリアルなんていうクソゲー初めからやらずに電源切って、代わりに部屋にあるゲームの電源つけてそっちにずっといた方いい、毒になってピコンピコン言ってもポケモンセンターに入れば治るしこっちのゲームの方が断然いいじゃん、ってのが当時の俺にとっての合理的な判断だったのだろう。

 

そしてそれが今も続いている。

 

変わる機会はあった。高校に入った時、大学に入った時。今だってそうだ。けど、結局僕は変えようとはしなかった。変えずに、ここずっとはネットサーフィンして、リアルに参加するんじゃなくて、観察者だということにして、神様にでもなったつもりになって、俺はリアルなんてゲームやってないから、別に負けたわけなんかじゃないもんねー、などと卑怯な言い訳ばかりをしている。

 

なぜそんなことやっているのか。結局自信がないからだ。人と関わるのが、勉強するのが、自分にできるとは到底思えなかった。いつでも僕の上位互換がいた。上位互換がいる以上、僕の存在価値って何?という問いに至ってしまう。その問いに耐えきれず、じゃあそんな評価軸の外に行っちゃうもんねー、と逃げをする。そんな問いなんてぶっ壊して、上にいる連中全部ゴッ倒すくらいの、少年漫画の主人公みたいなこと言えれば、そりゃあ苦労しなかったんだろうけど、僕はただこんな風に言えればいいな、と妄想を膨らますだけで、何もやらなかった、負けるのが怖くて何もやらなかった、負け組以下の存在だった。

 

そのツケが、今の状態だ。

 

就職しようと思っても、就活をすること自体の勇気が僕にはなかった。だって、僕ごときを雇ってくれる会社があるとも思えなかったからだ。しかし、もうこのリアルというゲームの電源を落とすことはできなかった。タイムオーバーだ。だって電源をいざつけてみた時、俺はまだマサラタウンで、ずっと部屋で横になっていて、オーキド博士にもあっていない。

それに対して同年代の連中は、今四天王に挑戦しようとしている。社会に出て活躍しようとしている。完全に出遅れていた。毒状態だからってバグが起きてるから、電源落とすんじゃなくて、それでもなお、レベルあげを頑張っていれば、きっと行けたはずなんだ。俺と同じ状態にもかかわらず、頑張ってちゃんとジムバッチ集めてた連中もいたはずなんだ。

 

しかし、一つだけ救いだったのは、俺だってレベル上げもどきはやっていたことだった。それは攻略本読んでいたことだ。娯楽としての小説などの読書じゃなくて、勉強のための読書をここ3年くらいで初めて始めたんだ。初めは、3年前、二十歳くらいの時にノンフィクションを読み始めた時ってのは、まあひどくて、与沢翼の本を読んですげーとか純粋に感動していた(馬鹿だろ?)あと、ホリエモンとか勝間和代とか、そういうわかりやすいテレビに出ている、ベストセラーという名前の馬鹿の買う本とやらを、そりゃあ喜んで買っていた馬鹿なやつだった。

 

でも、暇な時間を持て余していたので、ほぼ毎日一冊頭いい系のノンフィクションを片っ端に読むというのを3年続けたら、今や社会契約論とか、自由論とか、そういう古典も楽しめるまでになっていた。と同時に、学問の面白さにも僕は気づいてしまった。

この状態に、高校生の時点でなっていたら、僕は間違いなく東大を目指して、本気で学問の道を志したであろうという、そのくらいの好奇心だ。

しかし今更遅い。いま考えるべきなのは、どうやって金になるものをやるかということだ。勉強したい欲はある。しかし、営業などの、体育会系の仕事は務まりそうにない。

というわけで、プログラミンの勉強をやって、スキルを磨いて、金を稼ごうというのが今の僕の希望だ。

ちょうど人工知能の本も結構読んでいて、興味があった。そして人工知能によって、この世界の仕事の半分が将来的には消えることも。

底辺学校を出て、人と関わるのが嫌いな人間である以上、ならばせめて知識を差し出すことによって、組織に貢献する必要がある。その知識さえも、東大とか出た高学歴どもと戦う必要がある。

彼らは上位互換だ。勝ち目はないかもしれない。しかし、だからと言って、ゲームを降りるわけにはいかない。

そろそろ世界にいるフリなんてやめるべきだろう。俺はここにいるんだから、素直にここにいるんだって、言えばいいんだ。言えないのは、その時人に認識されて、ああただの誰かの下位互換ですね、と言われるのが怖いからだ。比べられた時、僕はここにいる価値がなくなる。

だから社会に認められる評価軸を、具体的にはパイザでAランクをとるという評価を得ることができれば、僕もこの社会に参加してもいいんじゃないかと、四天王に挑戦してもいいんじゃないかと、思えてくるんだ。

 

その時初めて、俺はこの世界にいるんだと、堂々と言うことができる。