ハリウッド版デスノートにやってもらいたいこと。殺すなら犯罪者ではなく、権力者を殺すべき

トラ◯プのような権力者の名前を書いて、警察のトップではなく、大統領になってもらいたい。

原作版のような、夜神月が負ける話ではなく、デスノートという力をうまく使って、アメリカが世界の警察であるという威厳を見せてもらいたい。

 

デスノートによって、世界の平和を実現する、というハッピーエンドをやってもらいたい。

 

ってなことを、ハリウッド版デスノートが発表されて第一に僕が思ったことだ。

 

僕は原作版のデスノートで不満だったのって、やはり夜神月が敗北してしまったことなんだよね。いや、ジャンプっていう少年が読むものだから、勧善懲悪にしなきゃいけないのはわかるよ?んでもさ、夜神月って人殺しまくってるけど、そこには正義の心が根底にあるわけじゃん。一概に悪とは言えないわけで、むしろLとかニアなんかよりもたくさんの人の命を救ってるかもしれないわけなんだよな。

 

んで、僕が思うのは、なんで夜神月は殺人者とかそういう罪人を裁いていたんだろうなってことだ。

どういうことかというと、犯罪者って実は大半の人間が貧困者なんだよ。貧困だから犯罪を犯すわけで、本当の悪人ってかなり少数派だと思うわけ。刑務所からでてもまともな職にありつけないから、また犯罪を犯すってことが、アメリカでは現に社会問題になっていて、それは犯罪者のせいというよりは、社会のシステムがうまく回っていないという部分が大きい。

にもかかわらず、そういったことに気づいているはずなのに、夜神月は犯罪者を殺す。若い時に読んだ時は、あまり気にしてなかったけど、社会について見識を深めるにつれてそういうところに、目がつくようなお年頃に僕はなってしまった。

で、同じ殺すなら、犯罪者ではなく、私利私欲のために私腹を肥やす、権力者たちだと僕は思うわけ。なんでそう思うのかというと、僕たち市民がなんでこんなに貧乏で不幸なのか、という理由が、権力者に知らず知らずに搾取されているからなのだ。

 

殺人鬼が狂って何十人も殺すよりも、政治家が私利私欲のために増税する方が、はるかに被害が大きい。そうである以上、殺すなら被害の大きい政治家などの権力者だ。

 

権力者たちが、どれだけ僕たち平民を搾取しているのかは、苫米地氏の著作を読んでみればよくわかる。苫米地氏の本を読むと、本当に権力というやつが嫌いになる。どれだけ僕たちが不遇にいるのかがわかって、怒りが湧いてくる。

 

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 こういうのを読むと、もう解決方法はテロしかないんじゃないかと、破滅的な考えに至ってしまう。それくらい、絶望しか感じない。

 

そして、ハリウッド版デスノートには、わかりやすい犯罪者のような小さな悪ではなく、わかりにくい権力者のような大きな悪に、立ち向かってもらいたいなあ、と思っている。それは原作にはできなかったことで、それをやったらめちゃくちゃ面白くなるよなあ、とワクワクする。Lやニアとの戦いを描いたところで、それは二番煎じにしかならないのだから、原作にはできなかったデスノートを使った本格的な世直し劇というのを僕は目劇してみたい。

 

犯罪者を殺すのではなく、犯罪者がでなくて済むシステム作りをしてもらいたい。殺すなら犯罪者をでなくて済むシステム作りを阻む権力者を殺してもらいたい。

 

 

死神からもたらされたデスノートで、平和な世界というのを、僕は見てみたい。