僕が勉強ができなかった理由。数学を始める理由

数学始めてみようかなって、最近思ってる。

???「いや、唐突だな、つーかおめー数学云々の前に就活やんなきゃだし、その就活のためにプログラミングやるべきだし、そんなよゆーねえだろ、馬鹿なの?頭いいことやるのに、馬鹿なの?」

 

いやー、耳がいてーわ。もうヘッドフォンして、?でわっしょい聞いて現実逃避してーわ。

?でわっしょい

?でわっしょい

 

 んでも、やりたいって思うってかなり希少なわけで、今やりたいのだから、やったほうが、希少価値のあるものを有効活用しているのだから、俺的エコだろ(謎理論)

まーってのは冗談にしても、僕の出資者たる脳内投資者様は、僕を幸福にするために、時間や気力の投資者会議に毎回参加してくださって、あれこれ要求してくださるわけで、そこはちゃんの配当出して還元してかなきゃなーとは、思うんで、僕が数学やりたいプレゼンをさせてもらうと、

・数学コンプレックスがある

・文章を読むことで得られる知力に限界を感じ始めている

・夢中になってやっているツイッターとかはてなとか現実への還元率の低いものを、違う夢中になれるものにシフトしたい

ってのが挙げられる。意識の低い、彼女とピーヒャラやってる連中からしてみれば、それやってモテんの?金くれるの?え?どちらもない?じゃあ意味ねーじゃんとか言い出すし、僕の脳内投資者様も、そうだそうだと頷いていて、っておい僕の投資者のくせに僕のこと全然理解してねーな、と結構落胆する。まあ、そこは株式会社俺を経営している以上、俺を幸福にするためのビジネスモデルならぬ幸福モデルをプレゼンする必要があるだろう。

 

中学生の頃から、あんま数学、ってか勉強自体好きじゃないし、大してできていたわけではなかった(一応数学検定3級はギリギり取れてたから、絶望的ってほどではない)。僕が何で勉強あんま好きでもなく得意でもなかった理由って、まあいろいろあるんだけど(先生の教え方が下手、模試とは関係のないテストやらせる、もう学校行くだけでコミュ症の僕にとって疲れて勉強やる気力がない、オタクに傾倒していたなどなど)一番大きかった理由って、勉強という評価を相対評価で測ってたからなんだよな。

どういうことかというと、僕が進学したのは、本当に偏差値50程度の県立高校で、平均的な学生だったわけだけど、なぜそんな平均的な学生になってしまったのかというと、平均的な学生であるというレッテルと、周りも自分も張ってしまったからなんだよな。平均的な頭脳を持っている人間である以上、学力方面にリソース振ってもそこで差別化できないわけだし(人間は他者と差別化することで目立つことで、集団の中で役目を見つけ、他人に認めてもらい異性を獲得する習性を持っている。)そこで勝負するのは諦めてオタク方面の好きなことで差別化しようと中高大時代はやってしまって、今はかなり就職に苦労してしまっている\(^p^)/。

全く、中学時代くらいにプログラミングを知っていれば、つまんねー学校になんて行かず、そして今の僕が好きなアニメやマンガなんかにも傾倒せず、オタク文化に傾倒する分のリソースを自宅でしこしこコード書きまくるってことにリソースを振ることを10年もやってれば、リア充にはなれないにしても、ギークとして大成していたかもしれないわけで、俺のことを馬鹿にした体育会系どもをこき使ってやる立場になれてたかもしれないわけで、そこはやはり、自分の両親の情報感度の鈍さを呪うしかない。ザッカーバーグは確かコンピューターの家庭教師まで雇ってもらってたはずだぜ。まあ、僕が要求しなかった自己責任だっていえばそうだけどさ、けど勉強したい、プログラミングを学べば、いつか金になる、って思う閾値を越えるまでは、なんとか両親が勉強に興味を持つように仕向けるのも、ある種義務だと思うんだよ。好奇心のある子供とそうでない子供では、生涯で得るものが雲泥の差になる。カオス理論では、初期状態で、全く異なってしまうことが証明されている。その初期状態をどれだけいいものにしてあげられか、それが親の務めなんじゃなかろうか。その務めが果たせず、僕は平均的な人間(オタク文化には異様に詳しいけど)に甘んじてしまった。

そこから今更だけど抜け出す方法って、相対評価ではなく、絶対評価にするべきなんだよな。今更数学やったところで、自分より年下ではるかにできる奴がごまんといるわけで、自分はただの下位互換になってしまって差別化できなくて、他者に埋没してしまって、そこにやる意義が見出せなくなってしまう。けど、あんまり他人がどうとか関係なくて、自分がやりたいかどうかが重要だと思うんだよ。

数学をやらずに大人になってしまって、なんか学生時代にやり残したしこりが大きくて、それに本を読んで知識を増やすだけでは、なんか頭の良さに限界があるよなあってのは最近思うようになってて、そこに最近読んだ本で、苫米地氏の数学脳の本で、数学をやる素晴らしさってのを説かれて、数学的思考身につけてー、もっと頭よくなりてー数学超やりてーって思ったわけさ(完全にヒーロー物に憧れる男の子と同じです。俺が今数学やりてーって言ってるのは、男の子がライダーキックやりてーって言ってるのと相似だ。でもまあ男なんて多かれ少なかれ人生そんなもんだろ?)

すべてを可能にする数学脳のつくり方

すべてを可能にする数学脳のつくり方

 

 まああとプログラミングやってて、やはりプログラミングは数学とも相性がいいよな、ってのは感じていて、ついで一緒に身につけてーなってのもあるわけよ。

プログラマの数学

プログラマの数学

 

 つーわけで、なんで俺が勉強できなかったっかっていうと、他人を見て勉強をやるかどうかの判断をしてたからで、勉強とか教養なんて楽しいからやるで十分で、その楽しいと思える水準に、底辺大学に所属していたとはいえ、暇な時間にいろいろな本を読むうちに達していて、達した以上はやりてーって男の子がヒーロー物に憧れるのと同じように思うわけで、だから数学を始めますって話。楽しそうだからやるって話。

 

……変かな?

 

???「変とかどうとか聴く必要ねーじゃん。おめーがやりてーなら、やればいいだろ。他人がどう思うかとかまじどうでもいい」

 

だな。早速やるか。

大人のための数学勉強法 ― どんな問題も解ける10のアプローチ

大人のための数学勉強法 ― どんな問題も解ける10のアプローチ

 

今日読み始めた。こういうの中学時代に読んでたら、また人生が変わってたんだろうな、と後悔してしてしまう。悪い癖だ。今が最高の時だと思えば、人生幸福だぜ。 

 

ああ、あとツイッター眺めるのをなくすっていうのもある。同じ夢中になるなら、こっちの方がいいよねってこと。オタク文化に傾倒したという過去を踏まえて、リソースふりするならこっちの方が現実への還元率が高いかな、っていう功利的な目測でやってる節もある。あとブログのPVもあげてーよなとも。

やりたいことを、現実への還元率に高いものにシフトしていくっていうことは意識的にやっていかないとな、ってのは最近強く思っている。