新世紀SOS物語

とある魔法少女の終末旅行

なぜ現代においてループものがもてはやされるのか

ぜひ上記のMADを見て、ループもの血中濃度をあげてから、読んでもらいたい。

 

……………………

 

 

見てくれたか?

 

では始めよう。

 

 

なぜ現代においてループものがもてはやされるのか。

 

結論から言うと、ループものとは、主人公補正のない人間が、それでも目標達成することができることに、説得力を持たせるための舞台装置であり、何者にもなれないだろう現実世界の僕たちが、物語世界の主人公が勝つたびに、「でもお前たちご都合主義で守られるから勝てただけだろ」と萎えていた既存の作品の問題点を折衷案的に解決するために、要請された物語形式であるからだ。

 

 

まずループものの定義から始めよう。

 

ループものには3種類あるんじゃないかな

上記の記事における、ループもの(劇中の人物がループに自覚的で目標達成型)を、ここでは扱う。

 

具体的に作品例をあげれば、

などだ。

 

涼宮ハルヒの憂鬱エンドレスエイトリトルバスターズを入れないのは、主人公がループに無自覚であり、途中まで、ループに気づいていおらず、目標達成のためにもがくシーン(ゲームをプレイしていて、死んでもセーブポイントに戻って何度もトライアンドエラーを繰り返して、その末にハッピーエンドを迎えるようなやつ)がないからだ。

 

列挙した作品で共通しているのは、主人公(ケイジ、白銀武、ほむら、にぱー、鳳凰院凶真、ナツキスバル、川尻少年)が、凡人または力のない子供であり、主人公補正がないキャラクターであり、ご都合主義がないが故に何度も失敗し、ループ能力がなければ、僕たちと変わらないという点だ。

 

逆に既存の作品の主人公たちは、製作者のご都合主義、主人公補正という、手厚い保護を受けているが故に、共感しにくい。

 

主人公補正をもち、ご都合主義に守られている、代表的な例をあげれば、ルパン3世がわかりやすい。

ルパン3世では、ルパンが銃を乱射されている中を駆け抜けて、一発も銃弾が当たらないというシーンがよくある。

現実世界では、銃を乱射されれば絶対に当たるはずなのに、物語世界だからこそ、もはや撃っているモブ敵が物語進行のためにわざと外しているとしか思えない現象が起こる。逆に、モブ敵(仮面ライダーのショッカーとか、スターウォーズのストームトルーパーとか)は、主人公の前では、いとも簡単に負けてしまう。また実力が格上の敵であっても、ピンチには主人公にミラクル(仲間が駆けつけてくれるとか、秘めた力に目覚めるとか)が起こって、勝ててしまう。

 

 

いわゆる、俺TUEEEってやつ。

 

 

小説家になろう系のライトノベルが、「ただの俺TUEEEじゃんwww」ってバカにされがちだが、ルパン3世やドラゴンボール、ワンピース、ナルト、ハンターハンター(どれも親TUEEE、才能TUEEEだから、主人公も俺TUEEEしている)など、フィクション全体(主に少年漫画)が、昔から結構俺TUEEEをやっている。

むしろ、俺 TUEEEの代表格である、ソードアートオンラインは、まだゲーム上だからこそ、俺TUEEEができる(キリトくんは現実世界では平凡な存在として描かれている)という、エクスキューズがあるだけ、昔の俺TUEEEよりも、よほど説得力があるし、平凡な読者に寄り添っている。

ゲーム上では、おまいらおれら(親が特別でもない才能もない、何者にもなれないだろう者たち)にだって、何かになれる可能性があり、そこにリアリティを抱くからこそ、ここまでSAOが人気をはくしている一要因であるといるだろう。

 

 

俺TUEEE系主人公にミラクル起きまくりご都合主義たっぷり物語の何が悪いのかと言えば、主人公が何か成功を納めるたびに「だってお前ら主人公だから勝てたんだろ。お前が主人公じゃなかったら負けてるだろ」、という視聴者読者の「萎え」があるところであり、主人公になれない大半の人間であるおまいらおれらモブには、どうせできないという「絶望」があるからだ。

 

 そんな視聴者読者の「萎え」と「絶望」を解決するために生み出されたのが、「ループもの」である、というのが僕の仮説だ。

 

平凡な存在である僕たちの「萎え」と「絶望」なくすために、ご都合主義が必須の物語世界で、どれだけご都合主義を無くしていくかという試みを、ここ10年くらいのアニメ漫画の歴史で行われている、というのが僕の読みだ。

 

 

ループものの何が良いかと言えば、主人公補正のない主人公でも、リセット可能なゲームのような物語構造になることで、本人の純粋な努力によってハッピーエンドを迎えるご都合主義に頼らずに、勝利することができるからであり、そこに既存の主人公補正で無双していた物語とは違う、カタルシスと説得力と共感があるからだ。

 

これが現代において、ループものがもてはやされる理由だ。

 

 

 

…………ってなことを前々から考えてたんだけど、どうなんだろうな。

 

合ってるかな?みんな納得してくれる?

 

 

まだうまく言語化できてないから、今回はデッサンがてら書いてみた。

 

話題になったら、あとで追記するかも

 

今回は、この辺で