新世紀SOS物語

とある魔法少女の終末旅行

リア充と非リアの違い。あとなんでなるのか。あと解決法

リア充の定義は、この世界は自分を楽しませるためにあるということを根拠なく信じている人

そうでない人は、非リアだと僕は思っている

 

この世界は自分を楽しませるためにあると信じているから、リア充は何のためらいもなく、ハロウィンやディズニーに行って無邪気にはしゃぐことができる。ウェイウェイ

 

非リアはそういう楽しそうなイベントがあっても、身構えてしまう。自分を騙そうとしているのかと、勘ぐってしまう。ウェイウェイしていいの?

 

その差って一体なんだろうなって考えて見たんだけど、たぶん、子供の頃の家庭環境とか学校の環境がいいか悪いかが、リア充と非リアの分水嶺だと思うよ

 

家庭と学校が子供の頃の世界なわけで、その世界がよければ、もっと広いこの世界全体もいいものだと信じられるっていう話

 

たぶん一番最初に与えられる、リア充因子って、母からの無償の愛なのだろう。自分がどんな風になっても、無条件で愛してくれる存在がまずはじめにいて、そのあとで、母以外から友達にも慕われて、そうやって自分はここにいてもいいんだという安心を得ることができた人間がリア充っていうこと

 

どこに行っても自分は受け入れられんだということを、過去の経験から根拠を持って信じられるから、あんなにも生き生きできる

 

非リアは家族からも学校からも認められず、むしろ排斥されたから、家族にも学校にもそして社会にも不信感を持っている。何も信じることができない。自分の居場所がないし、楽しむことができない

 

俺がそうね

 

ただ、まあ非リアならまだいい方で、非リアよりも下の階層というのがこの世界にいる

 

その存在はモンスターとでも言おうか

 

僕なんかもいうて、両親から援助してもらってこうやって生きられているわけで、まだ家庭環境はよかった。学校が嫌いで、友達もいないからこうやって非リアになっているわけだけど、もし家庭環境も悪かったりしたら、誰にも助けてもらえず、自分をこういう目に合わせた、社会に対して恨みをもち、モンスターになって犯罪にはしっていたかもしれない

 

犯罪に走らないにしても、ネットに溢れる呪詛の原因というのは、社会に対して恨みを持っていて、その復讐のためにやっているのだろう

 

日本はまだ恵まれていて、犯罪率は低く、ネットにその復讐心を解消するために呪詛を投げかけるだけに止まっている

 

しかしネットにすらつなげられず、貧困で命すらも危ぶまれている人たちは、こんな目に合わせた社会に、犯罪によって復讐することになる

 

 

日本で、呪詛を投げかける人たちの気持ちは、よくわかる

 

しかしモンスターではなく非リアどまりであるから、犯罪に走ることがはない

 

学校や社会に対して不信感はあれど、そこまでの恨みは持ってない

 

きっとこの世界に起きている犯罪の多くが、家族からも学校からも社会からもつまはじきにされ、自分のこんな目に合わせてものに対する復讐心が原因のものなのだろう

 

じゃあ解決策は何なのか、ってのを考えて見たら、それは過去の家庭や学校が認めてくたかどうかではなく、自分自身がまず自分のことを認めて、この世界にいてもいいんだ、ということに自分自身に許可を与えることだと思うよ

 

根拠のない自信を持つことが最強のライフハックだっていう結論に最近至った

 

ただ、根拠のない自信を持つことは難しいから、太古の昔から、人は神を信じ宗教にのめり込んでいたのだろう

 

若い時は親の援助があったから安心できたけど、いざこの残酷な世界に投げ出されてみると、何かにすがりたい人の気持ちというのがよくわかる

 

ましてや、今よりもはるかに戦争と差別に溢れていた過去では、不安を消すためにそりゃあ神にすがりつくよね

 

昔は、現実の辛さに逃げて、アニメと漫画のオタク教に入信して、不安を和らげていたけど、それだと現実の問題を解決できなくて、むしろ不安になることに気づいたので、今の僕は、苫米地教っていう、仏教と科学教に入信して、不安をかなり和らげている

 

〜〜だから、俺は大丈夫だ。を作ることが解決策なんだけど、モンスターになるような境遇の人ってそもそもその〜〜を作る余裕すらないから、この世界を攻撃することによってのみ、不安を消す方法がないんだよね。俺は怒ってると絶望しているぞアピーによってのみしか、認めらる方法がない

 

ままらならねー