新世紀SOS物語

とある魔法少女の終末旅行

「勉強のための勉強」を徹底しないと、ネットで勉強することはできない

久しぶりの更新

なんとなく最近考えてたことをつらつらと

 

この前、学校の授業でパソコン使いたいから、電子辞書をパソコンにした学生が話題になってて、授業でパソコンとかスマホを導入しいていない、日本オワタみたいなコメントがあった

僕も導入してないのは遅れている、さっさと導入しろ派の人間ではあるんだけど、ネットに繋がると、易きに流れて、どうでもいいニュースやyoutubeをダラ見してしまう人間が大半なのだから、授業に集中させるために禁止するという学校側の言い分もよくわかる

今でこそ学ぶことにそこそこ貪欲になっている僕も、中高校時代の意識の低い馬鹿な子供の時にネットを渡されていたら、ただ無意味にどうでもいい動画を見まくっていただろう。つーか今の学ぶことにそこそこ貪欲な年齢でもネットに繋がって、勉強するのではなく、かなりの時間をどうでもいい費やしているわけだし。これだとネット依存と言われても文句は言えない

 

ネットは頭をよくしようと思えばいくらでもよくできるけど、大半の人間にとってネットは知性を悪くするように使っているように思えてならない

 

youtuberやフェイクニュースがその代表的な例だろう

 

しかし、それでもネットに繋げながら授業をすることは、これから必須になってくることは間違いない。ただ教科書にある内容を理解するだけでは、これからの時代ではついていけないことは明白だからだ

 

だとしたら、教師にできることは一体なんなんだろうな、ってことを考えたら、それは勉強のための勉強を徹底することだよな、という結論に至る

 

勉強のための勉強とは、勉強の意義と勉強の方法を教えることだ

 

勉強する意義は、例えば、数学は社会にでても使わないからやらなくてもいいという意識の低い子供には、今だったら数学がわかればデータサイエンティストになれて、高給取りになれるよ、とか、そういう金でつってもいいから、とにかく勉強をするメリットを提示しないことには、基本つまらない勉強を継続することはできないだろう

 

勉強の方法は、例えば、受験に関してだけいうなら、武田塾あたりが、参考書だけで偏差値50前後の大衆学生が独学することを考えてかなり体系立ててカリキュラムが組まれてる。これを1、2年実践してわからないところは教師に聞くということを続けるだけでも、はじめは偏差値50前後の大衆学生でも、かなり上の大学まで行くことができるだろう

 

この2つを教えず、ただ馬鹿みたいに教科書の内容を暗唱しているから、無能教師と呼ばれても仕方がないのだ

 

ネットのある21世紀の教師のいる存在意義って、教科書の内容を教えるのではなく、勉強のための勉強を教えて、途中で行き詰まったら手助けしてあげることなんじゃないか

 

それさえ教われば、学校の教科書も含めた市販の本やネットにある頭をよくする系コンテンツを自然と消費するようになる

 

そしてその自然と学ぶようになる過程で、生徒は必ずどこかでつまづく。つまづいて質問をされた時に、ほとんどの場合その教師は答えることができない

しかし、その質問に答えることができる人間にリンクを繋げるのが、教師に求められる

 

自然と勉強する子供を育て、それをサポートするのが教師の役割になってくる

 

今の、教科書暗唱するだけ、それどころか、雑務に追われて、自分の担当する科目すらもまともに教えることができない教師は、オワコンと言われても仕方がない

 

多分これからもそういう公的な教師が劇的に改善されることはないだろう

 

金持ちはそういう無能っぷりをよく知っているから、自分の子供は学校には通わせず、上記の僕が提唱するような教師を雇って教えるだろう

 

金だけでなく教育までも、無限の格差が広がる、という未来が目に見える

 

なんだかね